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こんにちは。ヨッチです。


栃木県那須町の遊園地「那須ハイランドパーク」で5日、事故が発生。高さ約8メートルの鉄柱から空中につるされたサンドバッグに飛びつく遊具で、客の男性は5メートルほどの高さから転落した。男性はヘルメットとハーネスを装着していたが、転落した際、命綱が装着されていなかったことが分かった。
那須ハイランドパークは、「命綱の付け忘れが事故原因ではないかと考えている」とコメントしていて、警察は業務上過失致死の疑いも視野に、パーク側から事情を聴くなど捜査している。
今回の事故を受けて、リスクと安全について考えてみた。




 

今回の事故原因

楽しいはずの遊園地での出来事は、痛ましい事故になってしまった。高さ5メートルは、墜落すれば間違いなく、大怪我あるいは死亡する高さだ。


遊具は当然ながら、お客の安全を確保して利用されなければならない。5日の報道では、男性客は命綱を装着していたが、何らかの不備があったとみられていたが、6日の報道では、命綱の付け忘れと遊園地側がコメントしている。


命綱は、落下に対する最後の砦である。通常、命綱の元の取付部は、絶対に外れない部分に取り付けてあり、そこからの綱が客の身体に取り付けてある。取付部や綱などに不具合があると、外れたり、切れたりするが、万が一にも不具合があってはならない。


今回の事故が報道の通り、命綱の付け忘れならば、間違いなく、遊園地側の重大な過失であり、責任の全ては施設側にある


そして遊具そのものは安全であっても、その命綱を扱うのは人間であり、そこに「絶対」はないということをあらためて感じる。


今回の事故は、想定外では済まされない、初歩的なミスだ。間違いなく、お客の安全は遊園地側の対応にかかっている。遊具の健全性に対する確認も含め、人間が犯すあらゆるミスを想定したリスクアセスを行い、安全対策によって限りなく、ゼロに近いレベルに持っていかなければ、お客の安全など到底確保することは出来ない


今回、命綱を客に取り付ける人がいたはずだ。その手順や確認方法、そもそもの取り付け方のマニアルなどがあって、それを十分理解したプロが客に取り付けることでなければならないはずだ。

 


事故のリスク

米国での2000年の調査によると、固定式遊園地では6590件の死傷者被害が発生。原因は、設計が5%、保守が15%、運用時のヒューマンエラーが実に80%を占めた。


このように人間によるリスクが高いのが一般的である。つまり、人間の行為が原因である場合は、その防止が難しいことを示している。


バンジージャンプ

バンジージャンプでの事故もネットで見ると、以下のように2つの事例があった。ゴムが足から外れるという事故は考えられなくもないが、恐怖からスタッフの足を掴んで飛んだ事例をみると、こんなことまでも想定しないと安全は確保出来ないということだ。
2002年  群馬県「猿ヶ京バンジージャンプ場」
26歳の女性が飛んだ際、一番下まで落ちて、そのまま反動で何度かゴムの反動を体に受けた際に足首がゴムから抜け、無事だったが、深さ4メートル下の川に落下した。

1995年「内海フォレストパーク」

自分の番になった客が、一気に恐怖を覚えてしまい、飛ぶと同時になんとスタッフの足を掴んでそのまま飛んでしまった。スタッフの方は命綱をつけておらず、亡くなった。

果たして、今回事故が発生した遊具では、どこまでのリスクを想定していたのだろうか。「付け忘れ」という、極めて初歩的と思えるリスクまで想定していただろうか。でも、あらゆるリスクを洗い出し、安全対策を取らないと、いつか事故は起こると思わなければならない。


スカイダイビング

スカイダイビングの死者は15万回に1回と言われている。1年間で日本人が事故死する割合は10万人に3.2人、サーフィンは2.8人、ダイビングは4.7人という。


15万回に1回という割合は、少ないかもしれないが、事故が起こったらほぼ確実に死亡する。高いところから落ちて助かることはないということだ。このことは飛行機に乗ることにも言える。


飛行機

米国の国家安全運輸委員会(NTSB)の調査によると、飛行機に乗った時に墜落する確率は0.0009%(11万回に1回)で全世界の航空会社総合の平均値。 米国国内の航空会社のみなら、確率は0.000032%(312万回に1回)。


スカイダイビングも飛行機も相当安全であることが分かる。でも落ちたら死ぬ。ゼロにはならないが、リスクを下げるために相当高いレベルで安全対策をしないと低い確率にはならないはずだ。

 


リスク管理のあり方

現在、日本には800ほどの遊園地が存在し、約2000基の遊具があるという。いずれも人間が取り扱う以上、そのどれにも一定のリスクがあると考えた方がいい。


もう少し大きく考えると、世の中、安全に生活していられるのは、人類が生み出した技術によるものであったり、運用する法律やルールを人間が守ることによって成り立っている。


つまり、人間が行う管理や使い方を間違うと、一気に不安全な状態を引き起こす。事故の確率は小さいかもしれないが、残念ながら、人間が管理するもの、人間が使うものは、絶対に、確率ゼロにならない。


いくら発生確率を下げても、その小さな確率で事故はいつか発生する。いつ事故に遭うかどうかは神のみぞ知るということだ。それでも、その不安全な状態になる可能性を「ない」と思うか、「あるかもしれない」と思うかによって人間の行動は変わり、結果も変わってくる。


家族で川や海に遊びに行って小さい子が溺れて亡くなったり、小さい子が外に出歩き、踏切で電車に跳ねられて死亡するといった事故は、これまで幾度か報道されている。


これらの事故は、子どもの親が注意していれば防げた事故である。コントロールできる範囲だ。ところが、今回の事故のように命綱を取り付けるという行為は相手(遊園地)に任せなければならない。自分ではコントロール出来ない。自分に出来るとしたら、相手に任せていいのかどうか判断することだ。


バンジージャンプやスカイダイビングも同じだ。やるか、やらないか、自分で決められる。どの飛行機に乗るかは、自分が選択すればいい。危ないと思えば、止めればいい。こういうことは全てに対して言えることであるが、普通に危ないと思うことに対しては、より敏感になり、慎重であるべきだと思う。


ところが現実は、危ないという感覚(危険認識)が薄れているのではないかと思う。ちょっとした不注意で事故は起こる。逆にちょっとした注意や、安全な状態などはないと思うだけで、意識の向け方は変わる。報道で見る、色んな事故を自分事として捉えれば、経験しなくても多くの危険を学ぶことが出来る。


そして、自分の行動に対していかにリスク(危険)を想定し、心配しながら慎重に行動するかだ最後は人間の注意力に頼るしかない。しかしながら、それによって結果は違ってくることをもっと認識した方がよい。人間が昔、野生だった時代に、動物たちと同じように身に付けていた危険に対する感覚を取り戻していくことで世の中のあらゆる危険を回避することが出来る。安全に暮らすということは、そういうことの繰り返しによって得られるのだと思う。

 


以上、ご覧いただき、ありがとうこざいます。
ヨッチでした。